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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)1519号 判決 1960年2月06日

控訴人 平井楽次郎

被控訴人 内田利市

補助参加人 内田利子

主文

一、原判決を取消す。

二、原審の仮処分決定を左の通り変更する。

三、控訴人が被控訴人に対し金五万円の保証を立てることを条件として、

(イ)  被控訴人は神戸市葺合区生田町一丁目一七番の二宅地六七坪八合九勺の換地予定地生田工区一〇七の一宅地四九坪七合七勺の地所内に被控訴人が設置した板塀その他の地上物件を本判決の送達を受けた日から五日以内に撤去しなければならない。

(ロ)  被控訴人が右期間内に右撤去をしないときは、控訴人は執行吏に委任して右物件の撤去作業を行わせることができる。

(ハ)  被控訴人は右宅地及びその地上に存する家屋番号二八番の二、木造ルーヒング葺平家建居宅一棟建坪三坪五合その他の建造物に対する控訴人の占有(但し建物の敷地部分を除いたその他の宅地部分については空地のままの占有使用)を妨害してはならない。

但し、被控訴人が右(イ)項の板塀等の撤去のため右宅地内に立入ることは、控訴人においてこれを許さなければならない。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。原審の仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、

控訴代理人において

1  控訴人は本件仮処分申請の被保全権利として第一次的に借地権を主張し、第二次的に占有権を主張する。

2  控訴人は本件宅地の南側公道との境界には基礎石を三段にして高さ三尺に積み重ねた上に高さ四尺の煉瓦造りコンクリート塀を築き、東側の隣地との間には板塀を設け、西側に公道に面しその南寄りに控訴人の居住する家屋があり、その北寄りには板塀と木柵とを設け、北側は隣地との間に植木生垣に鉄線を張り、現在にいたるまで本件宅地を占有しているものである。

と述べ、

被控訴代理人において

1  被控訴人の申請に係る神戸地方裁判所昭和三二年(ヨ)第六三号事件の仮処分決定が原審の本件仮処分決定の発令前に控訴人に送達されているから、控訴人が本件仮処分申請事件において占有権を被保全権利とすることは、右仮処分に牴触して許されないところである。

2  被控訴人は昭和三二年二月中建築請負人井村幹をして本件家屋の東側と北側に板塀を作らせて本件宅地中家屋の敷地とその余の土地とを遮断し、家屋の敷地以外の宅地は被控訴人が占有しているのである。

3  控訴人は被控訴人の占有侵奪の事実を主張しながら、占有回収の訴を提訴期間内に提起していないから、占有権を被保全権利として本件仮処分を申請することは許されない。

4  本件家屋については、補助参加人は控訴人に対する家屋収去土地明渡請求の本案判決の執行を保全するため神戸地方裁判所昭和三二年(ヨ)第一四三号事件においていわゆる現状維持の仮処分を得て執行している。したがつて、本件家屋に対する控訴人の使用は被控訴人も侵害し得ないから、控訴人は本件宅地の占有権を被保全権利として仮処分を求める必要性がない、

と述べたほかは、原判決の事実摘示の通りであるから、これを引用する。

疎明関係

控訴代理人が当審証人平井タマエの証言を援用し、乙第七号証の成立は不知、乙第八、第九号証の成立をみとめると述べ、被控訴代理人が乙第七ないし第九号証を提出し、原審証人水田としゑ、原審及び当審証人小林武夫、当審証人井村幹の各証言、当審での被控訴人本人の供述を援用すると述べたほかは、原判決の事実摘示の通りであるから、これを引用する。

理由

控訴代理人は、原審の本件仮処分決定に対する被控訴人の異議申立は、被控訴人が仮処分の目的物件である本件宅地になんらの権利をも有しないから、不適法であると主張するけれども、被控訴人が本件宅地に権利を有するか否かの如き実体法上の問題は、本件宅地を対象とする仮処分に対する異議申立の適法要件をなすものではないから、控訴代理人の右主張は理由がない。

そこで、本件仮処分申請の当否について判断する。

一、まず控訴人が本件宅地について被控訴人ならびにその補助参加人内田利子に対抗し得る借地権を有するかどうかを考えてみるのに、控訴人が戦前から本件宅地をその所有者の樋上二郎から賃借して同地上に家屋を建築所有していたところ、同家屋が昭和二〇年六月五日戦災により焼失したこと、控訴人がその後本件宅地上に家屋番号二八番の二木造ルーヒング葺平家建居宅一棟建坪三坪五合を建築し昭和三〇年七月三〇日控訴人名義に所有権の保存登記をしたことは、当事者間に争なく、成立に争のない乙第一号証によれば、本件宅地について昭和二七年九月三〇日右樋上二郎の家督相続人樋上実から渡辺千代に昭和二九年六月三〇日渡辺千代から水田実躬に、昭和三二年二月一三日水田実躬から被控訴人の補助参加人内田利子に順次売買による所有権の移転登記のなされていることがみとめられる(但し補助参加人の取得登記の点は争がない)。ところで成立に争のない甲第八号証の一、二、三、当審証人平井タマエの証言により成立のみとめられる甲第六号証、成立に争のない甲第七号証に右平井タマエの証言を綜合すると、樋上実と渡辺千代間の右売買は樋上実の親権者樋上すみゑが実姉の渡辺千代と通謀してなした仮装行為であることがうかがわれるが、右水田実躬、内田利子の各所有権取得登記が控訴人主張の如き仮装売買に基づくことをみとめる的確な疎明はなく、むしろ原審証人小林武夫の証言により成立のみとめられる乙第三号証、弁論の全趣旨に徴して成立のみとめられる乙第四号証(但しいずれも登記官署作成部分の成立は争がない)、原審証人水田としゑ、原審及び当審証人小林武夫の各証言、当番における被控訴人本人の供述に前記乙第一号証を綜合すれば、前記水田実躬は昭和二九年六月二九日渡辺千代から、また内田利子は昭和三二年二月一日右水田から順次前示仮装行為の事実を知らず本件宅地を買受けてその所有権を取得したものであることがみとめられる。

これらの事実関係に徴すると、本件宅地上に存する控訴人所有の前記登記ずみの本件家屋が昭和二五年中に建築されていたとしても、控訴人が戦災による家屋滅失当時有していた本件宅地の借地権について、控訴人は昭和二一年七月一日から五個年内に地上建物の保存登記をしていないし、借地権の登記は勿論、借地権保全の方法として所有名義人の樋上実または渡辺千代に対し所有権の処分禁止の仮処分を講じたことをいずれも主張立証しないから、罹災都市借地借家臨時処理法第一〇条の適用上、控訴人は、右五個年を超えた後に本件宅地の所有権を取得した水田実躬及び内田利子に対し右借地権を対抗することはできない。したがつて、内田利子に対抗し得る借地権を被保全権利とする控訴人の本件仮処分申請はすでにこの点において理由がない。

二、次に本件宅地の占有権を被保全権利とする控訴人の仮処分申請についてみるのに、被控訴代理人は、この点につき、被控訴人は昭和三二年二月一四日神戸地方裁判所昭和三二年(ヨ)第六三号事件において「被申請人(本件の控訴人)は本件宅地に対する申請人(本件の被控訴人)の占有を妨害してはならない」旨の仮処分決定を得て、同決定は同庁昭和三二年(ヨ)第七六号事件について発令された本件仮処分決定の発令前に控訴人に送達されたから、控訴人が本件仮処分申請事件において本件宅地の占有権を被保全権利とすることは右仮処分決定と抵触すると主張し、被控訴人が昭和三二年二月一四日その主張の如き仮処分決定を得たことは控訴人のみとめるところであり、同決定が本件仮処分決定の発令前に控訴人に送達されたことは控訴人の明らかに争わないところである。しかしながら被控訴人主張の仮処分は、申請人が占有している既存の事実状態を被申請人が実力によつて妨害することから申請人を擁護するにとどまり、もし申請人の占有が被申請人から侵奪されたものである場合には、被申請人が逆に申請人に対し占有権を被保全権利とする他の仮処分によつて合法的に申請人の占有を奪うことを阻止するものではない。のみならず、被申請人主張の仮処分はあくまで申請人が当該土地を現実に占有していることを前提とするものであつて、これによつて申請人に当該土地の占有を取得させる原因を形成するものでは断じてない。申請人が現実に当該土地を占有していないのにかかる仮処分を得ても、それは絵に描いた餅同然であつて、申請人はかかる仮処分を得たからといつて当然に当該土地の占有者となるものではない。当該土地の占有者が誰れであるかは、かかる仮処分は拘束されることなく、独自に審査できるものといわなければならない。したがつて、本件において控訴人が占有権を被保全権利として主張することは、被控訴人主張の前記仮処分決定となんら牴触するものではないから、被控訴代理人の右主張は理由がない。

1、そこで、本件宅地の占有関係についてみるのに、前記甲第六、第七号証、第八号証の一、二、当審証人平井タマエの証言、検甲第一ないし第五号証に原審証人水田としゑ、原審及び当審証人小林武夫の名証言の一部ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は前記罹災後、一時疎開していたが、おそくとも昭和二三年頃には本件宅地に復帰してその南西隅にバラツク建の建物を建てて居住し、その後同建物をルーヒング葺に改造したが、本件宅地の南側全面と西側の南寄り一部分は公道との境に公道面より一段高く基礎石を三段に積み重ねた上に煉瓦造りのコンクリート塀が外壁に罹災の痕跡を残したまま築かれており、西側の右コンクリート塀の北方には右建物につづいて板塀や板が公道との境に設置されており、本件宅地の東側は隣地との間に板塀を設け、その北側は隣地との間にいばらの生垣を設けさらに右の南側のコンクリート塀の西寄りに門があり、門柱には大理石で作られた控訴人の表札がはめこまれていることがみとめられる。以上の事実からすれば、控訴人が本件宅地四九坪七合七勺の全体にわたつてこれを占有していたことが明らかである。控訴人が本件宅地のうち本件家屋の敷地としては僅か数坪程度を利用するのみで残りの宅地を空地のままにしていたことは、上記認定を妨げるものではない。原審証人水田としゑ、原審及び当審証人小林武夫当審証人井村幹の各証言、当番における被控訴人本人の供述中、上記認定と異なる部分は前記各証拠と対比して到底信用し得ないし、他に上記認定を動かすに足る疎明はない。

2、他方、被控訴人の行動についてみるに、前記証人平井タマエの証言、検甲第一ないし第五号証、当審における証人井村幹の証言及び被控訴人本人の供述に上記認定事実を考え合わせると、被控訴人の補助参加人内田利子が昭和三二年二月一日本件宅地を水田実躬から買受けたので、被控訴人は井村幹に本件宅地上の建築工事を依頼し、控訴人が上記説示の如く本件の宅地及び家屋を占有しているのを無視し、右井村幹をして同月一一日本件宅地の南側と西側の公道との境に築かれている前記コンクリート塀の外側の公道上に右塀と平行して板囲いをなさしめ、控訴人に対し本件家屋及び宅地と外界との交通を遮断するの暴挙を敢てし、その後被控訴人は同月一五日頃人夫を使用して本件宅地の南側のコンクリート塀をこわして本件宅地内に入り込ましめ、本件宅地内において本件家屋を取り巻く形に鉄条網を張つたりしていたが、同月中に上記の公道上の板囲い及び右鉄条網を取り除くとともに、今度は本件宅地の中の本件家屋の東側と北側に板塀を作らせて控訴人に対し本件家屋の敷地部分の数坪の範囲からその他の宅地部分への出入を塞ぐようにして現在にいたつていることがみとめられる。以上の事実に徴すると、被控訴人は本件宅地内に右板塀を設置することによつて本件家屋の敷地部分の数坪を除いた残りの本件宅地について控訴人の占有を侵奪した如くみえるけれども、前掲検甲第五号証(昭和三二年六月一五日現在の本件家屋の写真であることについて争なし)をはじめその他の前掲各証拠ならびに弁論の全趣旨を仔細に検討すれば、被控訴人の設置した右板塀は単に控訴人の占有地域内へ妨害物件を投入して控訴人による本件宅地内の自由なる交通を妨げているのと同様であつて、前記コンクリート塀、東側の隣地との境の板塀、北側の生垣によつて囲繞された本件宅地(これを地所という)は全体として控訴人によつて引き続き占有されているとみるのが相当である。

3、控訴人は本件仮処分申請の理由として、被控訴人の前示各所為の結果本件宅地に対する控訴人の占有が侵奪されたものの如く主張する節も存するけれども、その真意は、被控訴人の本件宅地に対する占有妨害を排除して控訴人が本件宅地の家屋敷地部分以外の土地を空地のまま自由に占有使用できるようになることを求める趣旨であることは、その主張自体に徴し明らかである。したがつて、本件宅地に対する控訴人の占有が上記認定の如く、被控訴人により未だ侵奪されておらず、単に妨害されているに過ぎない状態のもとにおいては、控訴人は妨害の存する間占有保持の訴を提起することができるから、控訴人は本件宅地に対する占有権を被保全権利として被控訴人の右妨害物件の排除を求めることができるものといわなければならない。そして被控訴人の右妨害行為により控訴人が本件宅地の占有使用に著しい不便と不安を招来していることも容易に推察されるから、右妨害排除の方法として、当裁判所は被控訴人に右板塀等の妨害物件を本判決送達の日から五日以内に撤去することを命じ、被控訴人がこれに応じない場合の措置として控訴人に代替執行の道を開いておくのを相当と思料する。

4、被控訴人が本件宅地上の建築工事のために控訴人の占有する本件家屋ならびに周囲の塀、門等の建造物を実力で破壊したり出入を妨害する行為の繰り返えされる危険の存することは、被控訴人の前記各所為から容易に推察されるところであつて、かかる実力による妨害行為の許されないことは自明のことに属するから、控訴人の占有する本件家屋その他の建造物及び本件宅地については、占有妨害の危険を排除するため、被控訴人に対しかかる占有妨害行為の禁止を命じておくのを相当とする。

被控訴代理人は本件家屋については、被控訴人の補助参加人内田利子において控訴人に対する家屋収去土地明渡請求の本案判決の執行を保全するため、すでに神戸地方裁判所昭和三二年(ヨ)第一四三号事件で本件家屋を執行吏保管のまま控訴人に使用を許すいわゆる現状維持の仮処分を得て現在執行中であるから、本件家屋に対する占有妨害禁止の仮処分申請は必要性がないと主張するけれども、かかる仮処分の執行は被控訴人の実力による占有妨害の禁止に関する本件仮処分の必要性を阻却するものではないから、被控訴代理人の右主張は理由がない。

5、最後に被控訴人主張の特別事情についてみるのに、控訴人の本件家屋及び本件宅地に対する占有利益は住居の静穏平和という精神的要素を含むから、金銭的補償で償われるとはいい得ないし、現に被控訴人の上記各所為によつて受けた控訴人の居住の不安と不便を顧慮すれば、被控訴人の現住居の手狭なことや本件宅地買入に多額の資金を出捐したことなどは、以上の仮処分発令を阻止するに足る特別事情とはみとめ難い。

三、以上の次第で、控訴人の本件仮処分申請を却下した原判決は、控訴人が占有権を被保全権利として主張する限り取消を免れないし、原裁判所の本件仮処分決定は本件宅地の占有が被控訴人にあるものとして発令されている限りにおいて変更を免れないから、当裁判所は、控訴人が被控訴人に対し金五万円の保証を立てることを条件として主文第三項の通りの仮処分命令をなすこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 沢栄三 木下忠良 寺田治郎)

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